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ぼうねん-かい ばう―くわい 3 【忘年会】
その年の苦労を忘れるために年末に催す宴会。[季]冬。


 ばたばたしつつも、相変わらず「忘年会の予定ゼロ」(職場の忘年会は、送別される自分がなぜか参加費を払わねばならず、しかも食べられないモツ煮屋なので蹴りました)で、年末は穏やかに静かに過ごす予定なのですが(友だちは本当にちょびっとです)、今年は本当に、しみじみとほっとしております。
そう、忘年会といえば出費ですからね…。
 ボーナスだといってオナサケ程度に提示されたものは、来週のセミナー代で終わりです。たいした額ではありませんが、それにイロついた程度じゃなあ。みなさんも忘年会シーズンでしょうか。
 仲間と楽しくやれる保障があれば、すばらしい会だと思うのですが、そうでなければ地獄の苦しさです。今度はみんながいがみ合ってないような職場にたどり着けるといいんですが…。

 さて私の愚痴はここまでにしまして。その年の苦労を忘れるための会なのに、なぜかよいことを連想できないのも忘年会。みなさんも、「今日は無礼講だから」と言われている会の最中、仲の悪い同僚どうしがにらみ合ったり、それに肝を冷やしたりという経験は二、三おありではないではないでしょうか。その年の苦労を忘れるために、飲む。飲むと、愚痴っぽくなる。愚痴っぽくなると攻撃的になる…まあ、そういった具合に年末の疲労とかがドバっと出てしまう、私の忘年会に対するイメージはいつもそんな感じです。
いっそのこと「忘年会」などという名前ではなく「年末パーティー」とかにしてしまうとよいのかもしれませんが、それでは感じが出ませんね。

 …こんなことを書いていたら、なんだか忘年会をやりたくなりました。今日、家に帰ったら、猫さんたちにまたたびを与えて、ひとりでごく少量の酒をちびちびやることにします(酒は弱いのです)。ああ、はやく今年のいやなことは忘れたいものですね。
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2007.12.12 
ほん 【本】(名)
[1]書物。書籍。
・―を読む
・漫画の―
・書いたものを一冊の―にまとめる

昨日今日とお休みしておりました。いやー、まあ、年女も3回目、いろいろあります。ちょっと思いがけなかったですが、自分の身に降り掛かってくると意外に冷静だったりします。
なんでもないことに感謝して生きていけることを、来年は目標にしたい、そんな風に思います。仕事もそうすればうまく行くかもしれませんね。

さて、枕はここまでにして。
 現在転職活動中の私の目下の仕事は「書籍」を編集することです。以前書いたことがありますが、これを目標とする方は多くおられるようで、自分にはかなり理解不能なのですが、「なるための」学校も存在しますし(私も会社に入ってから通わされました)、何のためなのかよくわからない課題も出されているようです(騎手に意味があっても伯楽に意味のない、そういう類の課題です)。
 そんな「課題」、私は非常に得意だったのですが、そんなものは入社して以来、役に立った試しがありませんでした。小器用でも意味はないのでしょう。
 私がこの仕事で一番大切、かつ自分に足りないと感じてきた部分は「気遣い」と「気配り」、それから「悪人になりきる」ということでした。このことさえ何とかなれば、否、このことこそが編集者の肝であって、それ以上でもそれ以下でもないのです。なぜスケジュール管理を厳密にしなければならないか。それは関係する人たちに仕事をしづらくさせるから。なぜ構成や校閲をきちんとしなければならないか。読んでくださる方により読みやすく、気持ちよく見ていただくため。なぜ企画を立てるのか。読んでくださる人が買ってくださって、手に取ってくださって、役に立てたり幸せになったりしてもらいたいから。

日本の書籍出版は、それこそ廃棄される本が多いくらいで、読まれもせずに断裁されるものが多い世界です。その中で断裁されないためにはどうしたらいいのか。それが、一番考えなければならないことでした。
自分が作りたい本を作ることはほとんどできず、手がけたものも「自分がこうしたい」ではなく「こうしたら読んでもらえる」ものばかりでした。それでも楽しかったのは人とふれあえる仕事だったからだと思います。机に一日中向かって、誰とも話さない仕事だったらこんなに続かなかったでしょう。
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2007.11.20 
ふるかぶ 0 【古株】
その集団・地域などに古くからいる人。古顔。
「―の社員」


私がこの会社をすごくいやな一番の理由。じつはそれがこれだったりします。古株の女性社員。

まあ、俗に言う「お局さま」ですね。

彼女の監視の目は厳しく、前日に終電で帰ろうが9時半に出勤しないと怒ります(一応編集部はフレックス)。家に仕事を持って帰って徹夜しているような仕事でも、真面目に寡黙にやらない限りは仕事ではないそうです(ホントかよ)。そんな彼女の仕事は「内勤」。お茶くみは当然自分がやり(べつにやってくれなくてもいい)、会社の内情はすべて把握していると思い込み(とにかく応用力はない)、私のような出来の悪い社会人に対する目は冷たい(当たり前だな)。そして、自分の意見が受け入れられないと泣く。すごく。私がここにいた約9ヶ月の間に、4回5回は見ております。

そして、会社への過剰なまでの愛。
自分が女性だという、過剰なまでの思い込み。

前の会社も含め、すべてのところでそんな人を見かけなかったので驚き半分、そして鬱陶しさ半分でした。

うまく力になってもらっていたつもりでしたが、今日おお泣きさせてしまいました。私のこんなせりふのせいです。

「会社になんて愛情ないですよ。だって給料くれても守ってくれないでしょ?会社が問題ではなく、会社にきて何するかが問題ですよ。自分の売上がどれくらいとか、自分の能力をどう買ってもらうとか、活かすとかね」

これで泣かれたのではねえ…

私は「愛国心」も薄いのですが(「国」は何もしてくれない、人が何かしてくれるんです)、こういう人を見ると今の「プチナショ」が何なのかを考えますね。いやほんとうに。

なんにしてもお局社員、鬱陶しいです。あと1ヵ月半の我慢。がんばれ私。

2007.11.15 
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